行動経済における顕示選好

さて、「人間は合理的ではない」+「パターナリズムは不可避」+「パターナリズムは個人の選択の範囲を制限しない」という新しい認識はどのような政策的な意味を持つだろうか。セイラーとサンスタインが望ましいパターナリスティックな政策と考えるのは、人々の選択のフレームを(必ずしも制限しないように)いじって、彼らにとって「より望ましい」選択がされるように促すような政策である。たとえばこんな面白い例がある。401(k)のシステムを、Opt-in(デフォルトでは加入しない)からOpt-out(デフォルトで加入)へと変更すると、加入者が大幅に増えるというのだ。*2このように人々が自分で明示的に選択をしない結果としてデフォルトのオプションを(恐らくそれは本人にとって最適な選択ではないのに)選びがちであることはよく知られている。この場合政策の責任者は、多数の人にとって望ましくないと彼あるいは彼女が判断するような選択をデフォルトにするべきではない。

しかし「より望ましい」政策とはなんだろうか。顕示選好の原理*3はあまり当てにならない。なぜならここでは人間は間違えるということが前提になっているからだ。では、一般的にどうやったら人々が「望んでいる」選択肢を発見できるのだろう。まず、なるべく客観的に測定可能な指標(肥満度、医療費、平均寿命など)を利用したほうが良いということぐらいは言えるだろう。ただ残念ながら多くの場合、上に述べたようなパターナリスティックな政策について厳密な厚生判断をすることは容易ではない。そこで彼らは厳密な厚生判断の代替物として次の3つの手続きを提案している。第一に、もし選択が明示的に求められたときに過半数が選択するであろうと思われるオプションを採ること*4。第二に、明示的な選択を実際に導入してみること。そして最後に、デフォルトの選択を後に変更する人の人数を最小化するような政策を採ること。例えば401(k)の例では、Opt-outの場合に後で抜ける人の人数はOpt-inの場合に後で加入する人の人数よりも少ないことが知られている。この場合、Opt-outのほうが人々の真の平均的な選好をより正しく近似していると考えてもおかしくないだろう。


2:Madrian and Shea, "The Power of Suggestion: Inertia in 401(k) Participation and Savings Behavior," QJE 2001.

3:選ばれたものが好まれていると考えること。

4:401(k)で選択が義務化された場合には加入率が増加する-しかしそれは加入がデフォルトの場合ほどではない-ことが知られている。