ハングリー精神ではなく社会保障

民主「最低賃金千円」、マニフェストに明記へ

隔世の感がありますな。私がライブドアの起業のきっかけとなった、コンピュータ会社でのアルバイトの最初の時給が900円でした。なんだか、最低賃金がどんどん高くなって生活保護支給金も高くなったら、がんばって働いて生活水準を上げていこうとかそういうモチベーションは、なくなるんじゃないのかなあ。

それが目標なのかもしれないけどさ。既に「生きられる」というレベルじゃなく、大してきつい労働しなくとも、努力しなくとも「豊かな」生活が送れるというレベルに設定すると、「上」は目指さなくなる人が沢山出てくる気がするね。いい意味でのハングリー精神というのかな。

そういう社会がどうなっていくだろうか?
ぬくぬくと、ゆとり社会?
そういう社会って停滞していく気がする。あんまり底上げしすぎるのもどうかな、と思うよ。


ブログではあんまり批判的すぎる話は避けたいと思っているのだが、この意見には大反対だ。
もちろん言いたいことは分かるし、あんまり努力しなくても生きられるようになることが世の中の成長を止めてしまう可能性があるという部分には賛同する。しかしこの民主党案の論点はそういったハングリー精神やアントレ意識ではなく、社会保障の話だ。現行の最低賃金が低すぎてワーキングプアの収入<被生活保護者の収入のような理解不能な状況を改善しようとする点であるはず。
そしてここで指摘されるぬるま湯に浸かっているのはこのようなワープアではなく、そこそこの仕事をしていればそこそこの給料と離職の不安はとりあえずない正社員・公務員ではないだろうか。実際にとっても機械的な窓口対応などを受けるととっても悲しい気分になるし、離職の不安から起業に踏み出せない社員などたくさんいる。ハングリー精神や企業家精神を訴えたいならアピールする相手が違うだろうし、そういったチャレンジ精神を培うためにもセーフティネットの拡充は重要な土台であり議論されるべき点だ。
そもそも時給が900円から1000円になったくらいで一人ひとりの上昇志向ががそれほど削減されるだろうか。あるいは地方のコンビニの最低賃金615円が1000円になったくらいで”上”を目指す人間やハングリー精神から起業を志す人間がいなくなるとはとても思えない。高い確率でそれらの層がかぶっているわけではないだろう。その意見は自分の体験を一般論として語ろうとするとても危険な論法だ。

民主党案にそのまま賛成するというわけではないが、こういった論点を複数交えて議論をごっちゃにした意見はさらにそこから多くの誤謬を生む。また現状認識が甘く無駄に想像力を働かせると得てして極論に走りがちになる。

このブログ昔は当時発言できなかった自分の主張を述べるおもしろいブログだったが、話題がなくなってきたのか最近は我田引水と品のないネタが多くなってきているあたりが惜しい。